人は愛するに足り、真心は信ずるに足る / 中村哲;澤地久枝聞き手 (2010年)

この本は、ノンフィクション作家・澤地久枝が、パキスタンでの医療援助活動から始まり、いまはアフガニスタンを中心に過酷な条件の中で生きる人々のために26年にわたる活動を続けてきた「ペシャワールの会」代表の中村哲医師へのインタビューと史的考察による構成で成っている。

澤地久枝は、中村医師の役に立ちたい、アフガンの状況や「ペシャワールの会」に国民的な関心が高まるために出来ることとして「思案の末にゆきついたのが、中村先生の本を作り、その本がよく売れ、得られる印税によって先生を若干なりと助けること」だったと書く。

中村医師は、干ばつや空爆など過酷な条件の中で、アフガンの人々の信頼を一歩ずつ勝ち取りながらハンセン病の治療に始まり、水不足を解消するために井戸を掘り、飢えに苦しむ人々のために畑を耕し、やがて本格的な土木作業を行いながら二十数キロの用水路を開き、砂漠化した大地を畑地や緑地に変えた。そうした活動の合間には帰国して資金集めのための講演をする。
この本から、アフガンでの対テロ戦争の実態や、マスコミの報道がいかに一方的なものかも思い知らされた。特に衝撃的だったのは、集落にあるマラドッサ(日本で言う寺子屋とか地域の集会所)に学びにくる子どもたちのことをアラビア語タリバンという。政治勢力としてのタリバンとその区別もよくわからず「タリバンがマラドッサに集結している」として空爆し「タリバンを80名殺した」と新聞が報じる。が死んだのは皆子どもだったーという事実。中村医師は「いわゆる対テロ対戦争という名前で行われる外国軍の空爆が治安悪化に非常な拍車をかけておるということを、私は是非伝える義務があると思います」戦争の犠牲者は子どもが多いと語る。
また、農業についても次のように示唆している。「おそらく、人類がどんなに変化してもなくならないのは、農業という営みだと思うんですね。食べものをつくることです。アフガニスタンはそれがじかに見えるところで、水さえあれば、これだけ豊かで平和な生活ができるのだという実証があれば、たいへんな力になると思います。この農業という営みが世界中でどんどん破壊されている(中略)地元にもともとあった灌漑の手法を地元の人たちの手で復活させるということは、とても大切なことだと思う。しかし、同時に、世界中にあった自分たちが食べるための農業が、いま現在どんどん壊されている。」と「先進国」や多国籍企業によってバランスを崩しつつある農業構造に鋭い疑問を投げかけている。 
澤地久枝の広い視野と人への暖かくも鋭いまなざしから引き出される中村医師の26年の軌跡が、人としてのありようや日本の社会のありようについて問いかけてくる。              (ふみし)
※『人は愛するに足り〜』は図書館 333.827 の棚にあります。